It's a beautiful day

取るに足らない、ささやかな出来事について

大事なときに寝てしまう

いやもう、そのまんまなんだけど、ここぞっていうときに寝てしまう傾向がある。傾向がある、というか、確実に寝る。

可愛がっていた猫が重い病気になり医者にも見放され、いよいよもう先がないぞとなって、最後は自宅で家族みんなで看取ろう、ということになった。

数年前、親猫からはぐれてミイミイ鳴いているところを発見し、家に連れて帰ったのは自分だった。
ノミだらけの体を何度もシャンプーして、目ヤニで目がほとんど塞がっていたので動物病院に連れて行き、毎日忘れずに目薬をさしたのも自分だった。
ちょっと変わった名前をつけたのも自分だ。

タオルを何枚も敷いて作った寝床に、数週間前なら大声で餌をねだったり膝の上に飛び乗ったりして元気よく大騒ぎをしていた猫が、だらんと力なく横たわり途切れ途切れに呼吸をしている。ひゅう、ひゅう、と。
寝床の周りには家族が集まり、涙ぐみながら猫を撫でたり、声をかけたりしている。
ぼくはその横で一緒に声をかけたり撫でたりしてたんだけど、夜が更けてくるとともになんだか眠くなって来て、これはいかんぞ、こんなときに寝てしまうのは人としてどうなのか、という気持ちを支えに頑張っていた。もうすでになんのためにその場にいるのかよくわからない状態だ。
猫頑張れ、猫頑張れ、と呟きながら目をつぶる。

はっと気づくと窓の外が明るくなっていた。
瞬きをしたと思ったら朝になっていた。
寝ていたのだ。
家族は、寝る前と同じく泣いたり撫でたりしている。
猫は先ほどより息遣いが細くゆっくりになっていた。そして、もっとゆっくりになり、もっともっとゆっくりになり、小さなため息みたいに息を吐いて、動かなくなった。

このままだと、自分が死ぬときも途中で寝てしまうような気がする。

娘が生まれたときもそうだ。
朝方に陣痛が来て、子宮口が何センチなので分娩室に行きましょう、あ、旦那さんはまだ待ってていただいていいですよ、みたいに慌ただしく待合室みたいなところに置いていかれた。
その部屋はなぜか和室で、赤ん坊が使うドーナツ枕が置いてあった。赤ちゃんの頭が絶壁にならないようにといって使うやつだ。試しに使うか、と独り言を言いつつ寝っ転がって頭の下にあてがってみる。コレが思いの外ぴったりくる。
なんだなかなかいいじゃないか、と呟いて目を瞑ると、誰かの呼ぶ声がする。旦那さん旦那さん来てください、産まれますよ。
え、そんなに速く、と思って目を開けると、窓の外が暗くなっていた。
寝ていたのだ。

大事なときに寝てしまうのは間違いない。
しかし、大事なときの本当に大事な場面には間に合うようになっているようだ。

きっとそうだ。