It's a beautiful day

取るに足らない、ささやかな出来事について

パチパチダンサー

 

梅雨の晴れ間の朝、窓を開ける。
吹き込む涼しい風にたっぷりと含まれた湿り気が夏を予感させる。
眼下に立ち並ぶ一軒家のどこから、パチパチ、ドンドンと言う音が聞こえてくる。
パチパチは手拍子で、どんどんはスキップだ。
おそらく。
何しろ、自分が立っている窓辺からは見えない角度から音が聞こえてくるのだ。
我々は、これを「パチパチダンス」と呼んでいる。
窓を開けたとき、パチパチドンドンと聞こえてくると、ああ、彼は今日も元気だと思う。

 

調子がいいときはだいたい朝の9時くらいから、夜の10時くらいまで聞こえる。
真夏も冬の間も、ほぼ毎日。
すごい体力なのだと思う。
ところが、ある時それがパタリと止まった。
朝、室内の空気を入れ替えるために窓を開けても、遠くから聞こえる鳥のさえずりしか耳に入らない。保育園に連れて行かれるらしい小さな子供の声しか聞こえてこない。自分の胸の底になんとも言えない不安が広がり溜まっていく。もしかして、と不吉なことを考え、急いで打ち消す。

それから朝晩、窓を開けてパチパチドンドンが聞こえないか確認しては気落ちする日々が続いた。

一週間ほどして、そろそろあきらめかけていたころだ、コーヒーを飲みながらテレビを見ていると、番組のナレーションの合間に「ドンドン」という音が聞こえたような気がした。慌ててテレビの音を消して窓を開け目をつぶり耳をすます。しばらくの静けさの後、ドンドン、パチパチ、ドンドン、パチパチ、と今までよりパワーアップしているのではないだろうか、力強いパチパチダンスの音が響いて来た。

今日こそは、ダンサーの正体を突き止めよう。そう思い立ち、部屋から外に飛び出した。音のする方向を確認しながら、普段行かない方向へ歩いていく。

そうしてたどり着いた一軒家からは、パチパチ、ドンドンと確かに聞こえてくる。
表札の上には「ダンス教室」と書かれていた。