It's a beautiful day

取るに足らない、ささやかな出来事について

引越しの挨拶について

 

しなきゃいけないとわかっていても、なんとなく気が重い。手ぶらで行くわけにもいかないが手土産を用意するのも面倒だし、相手の都合を考えたりするのも億劫だ。しないですませられるのならそれがいい。
引っ越しの挨拶の話だ。

 

そもそも引っ越しの挨拶は、どこまでを対象とすべきなのだろう。
武蔵新田の駅から離れたところにあるマンションの最上階に引っ越した時は、両隣と下の部屋の住人に挨拶に行った。両隣は外国人で下の階には誰も住んでいなかった。ほどなくして下の階に新婚夫婦が引っ越してきた。なぜ知っているかというと、上の階に住む僕のところに挨拶に来たからだ。

何年かそこに住み、いろいろあって代々木のマンションに引っ越した。
1階の外れの部屋だったので、挨拶は隣の部屋だけでいいことにした。ところが、何度行っても隣は留守だった。誰かが住んでいるのは間違いない。なぜならドアの隙間から、やたらとスパイスの匂いが漏れてきていたからだ。3回くらい行っただろうか。それでも、隣の住人に会うことはできなかった。せっかく買った手土産を無駄にするのももったいない。英語で言うと「Mottainai」だ、ということで、上の階に挨拶に行くことにした。
上の階に住んでいたのは30歳手前くらいのきらびやかな女性だった。簡単に挨拶をし、手土産を渡して自分の部屋に戻った。
いきなり、ここでの生活が楽しみになってきていた。

それから数日たった週末の昼間。暑かったので開けていた窓から階上の女性の声が聞こえてきた。どうやら電話をかけているようだった。

下の階に引っ越してきた人がさあ、挨拶に来たんだけど。
普通、上の階に挨拶に来ないでしょ?
そうそう、なんだか怪しくない?
不動産屋に聞いてみようと思うんだけど。


しばらく息を潜めた生活が続いた。なんとなく自分の存在を思い出されたくなかったからだ。
それからは引っ越しをしても、上の階には挨拶に行かないことにした。